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Perfumeに飽きてきたのでYMOですよ

Posted on: 2009年2月11日

 YMOのSACDのベスト版を聴いてます。すごいですね、ホントに。この音。デジタルへの過渡期にあって、これだけ複雑で造物的な音色。一体何がどうなっているのかサッパリ分からない難解さ。改めて、テクノとはプラスティックな世界かと勘違いしていた自分に気が付きました。
 はっきり言ってノイジーです。シンセサイザーノイズとも言えるし、マスター由来のバイアスノイズやマイクの拾う環境音、或いはラインに乗る高周波的ノイズ。デジタルでは絶対にあり得ない、有象無象が不思議な音色を作っています。そこには、平均率以外の周波数が介在しないクリアでプラスティックな音色とは違う、自然音階的ノイズが多量に乗っていると思いました。PCだけで音楽を作る事の愚かしさ、音というものの本質、心動かされる(喜怒哀楽という記号でなく深層に於ける揺らぎという意味の)音楽。
 
 調律の縛りで音楽は喜怒哀楽を明確に表現する、記号としての表現手段となりました。平均率の功績です。相対的なものから、絶対的な波長という位置付けにシフトして、音楽は色を失いました。デジタル化もこの進化に近いですが、いわゆる点描の際限だと思います。描かれるものは、平均率による高調波(倍音)と合成音のうねりのみです。
 
 坂本さんはともかく、高橋さんのドラムの音色は凄いですね。時代と共に、あり得ない音になっていきます。エレタムの奇妙な音から始まり、ソーウェーブの作り出すギザギザな波に逆相成分の、居ても立ってもいられないような空気感。SACDでのシンバル音は、聞こえない音に満たされていて、鼓膜を突き抜ける(可聴帯域を超える高周波)のですが、そういう成分もあるはずなのに突き抜けない、不思議な感じ。一体何の音なのか??? 打楽器ですが、そうでない。これほど奇怪なドラムの音を奏でる人が果たして他にいたかどうか。真似事でなく…。つくづく、ドラム=打楽器とは環境音なんだと認識させられます。最近のテクノライクなそれとは、似ても比なる音。喩えるなら、ファンが唸る音だったり、冷蔵庫のコンプレッサーが動き出す時の音だったり。それらがテクノロジーの生み出す環境音だとしたら、まさにその音なんです。
 
 細野さんのベースも凄すぎ。昨今のベースといえば、小室>avex>つんくの流れでベタベタに溶け過ぎた、粘着質なガムベース、噛んでも噛んでもひたすら同じ味で、耳が腐る頃にはすっかり飽きてしまう、その頃にはウワモノだけ挿げ替えた別の味のガムが世に出て大騒ぎ、みたいな。細野さんのベースは、高層ビルを支える基礎みたいな頑強なベースだったり、海に浮かぶ海上都市…波風に逆らうことなく自然と一体になりながらも、その上にどんな構造物があっても絶対に沈まないようなベース。建築物の設計には緻密な計算が必要ですが、細野さんのそれには、そんな数式があるような気がします。理論整然としているんですよ。その点で、実は3人の中では唯一デジタルな感性の人なのかも知れません。少なくとも他の二人は、全くアナログです。でも、その二人に触発される細野さんのそれは、名づけてバリアタス。魔法みたいなベースですね。ともすると、ベースって本来、最もファジーな楽器だと思います。ジャズのウッドベースとなれば、かのロン・カーターあたりでさえ絶対的な「平均率」なんて期待出来ません。細野さんが要になっているというのは、言うまでもないですね。それなのに、細野さんの「逸脱」は凄い…。これは反則でしょう、いい意味で。
 
 何でもかんでも型にはめ込んだ時代にあって、アウトローが風靡していた若者の潮流。既成の音色に対するアンチテーゼがテクノだったとするなら、今のそれはただの模倣子、プラスティックドールです。魂の入った、人形ですね。生憎、そういうのも大好きなのですが。
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コメント / トラックバック3件 to "Perfumeに飽きてきたのでYMOですよ"

SACDじゃ本当の答えはわかんないでしょう。LPかカセットじゃないと。。

LPは周波数特性としてはかなりの高音も記録できるメディアですが、実際にそれを再生させるにはかなり厳しい条件を満たす必要があります。カートリッジはMC、プリアンプからスピーカーに至るまで、最低でも50,000Hz程度のアウトプットを確保しなければなりません。カセットの場合、再現性には優れると言われていますが、周波数特性の狭さがネックです。絶対にゼロには出来ないバイアスノイズの問題、フラッターなど、CDにさえ劣る要素をどう解決するか。SACDの周波数特性、ダイナミックレンジ、SN比、何れもLPやカセットを凌駕しています。尤も、それらによる再生こそ正体とするなら、SACDはニセモノということにはなりますが、かの3人がスタジオ録音する際に、マスターとしていたものは一体何なのか。YMOは最初期のアルファレコードのスタジオ録音こそアナログのMTRでしたが、のちにデジタルのMTRを導入しています。当時にしてもわざわざアナログに取り直したりする手法も用いられましたが、いずれにしてもこのテープこそ、「本来の音」です。それを如何にメディアに乗せるかと言う点こそ重要で、LPであれカセットであれ、本来の音とは違った物となるのは否めません。さて、SACDのDSDですが、これであれば本来の音に極めて忠実なリマスターが可能です。少なくとも、周波数特性やSN、ダイナミックレンジなど、いずれの点においても全てをカバーできる現在最大の器だからです。尤も、デジタルマスターの作品ならともかく、アナログ作品も正確なアナログと表現できるのかどうかは、パルスの再現性に全てがかかっていることは否めません。そこには、確かに耳に聞こえない、音にならない高周波や低周波の存在も否定できないからです。となると、マスターに乗っていたバイアスノイズや、電磁波に近い高周波も乗せなければならない事になりますが、それを語るのはナンセンスでしょう。そんなものは、広い意味でさえ音ではないからです。その証拠に、当時のアナログ機器でさえ、フィルターは必須でした。しかしながら、DSDからSACDの生成過程では、フィルターをほとんど用いません。ローパスフィルターを通すだけです。これこそ、音ではない波をカットする物です。振り返って、当時の24トラックMTRからLPにしてもカセットにしても、フィルターを通すことなくミックスダウンされたとは考えられません。この時点でも、「本来の音」ではないと断言できます。個人の求める本来の答えについてなんぞ、言及するつもりはありませんが、少なくとも現時点で入手できる、最もマスターに近いソースである事は、揺ぎ無い事実です。そこに私は、いくつかの答を見出しました。誰になんと言われようと、それもまた事実です。

SACDが標準規格になるとか、このデジタルデータの許容量がブルーレイなどで増えた昨今、もうちっとどうにかならないものなのかと、考えています。なんとなく雰囲気でもLPとCDが違うのは、知覚していなくても、波として肌が感じているのかなんなのか、それこそアウトプットの環境がそろっていなくても、あの違うと感じる何かは、ノイズにしても、そっちがマスターに近ければ近いほど良いですよね。ユーザーもお金払って買う訳ですし、バンドの実力を出せる所でもあるでしょうし。まぁミキシングやら色々編集されるとあまり意味がなくなるかもしれませんが。反骨の塊も好きですが、プラステックドールもわりと好きです^^整った環境でSACDとCDを比べて聴いてみたいです。

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