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とかく、酒と女は誉めるべし。批評すべからず愉しむべし。ですよ

Posted on: 2010年8月9日

 杉浦日向子先生、漫画家で江戸の風俗にも長けていた先生といえば、思い出すのがやっぱり「コメディーお江戸でござる」でしょうね。不意に思い返し、ネットでアーカイブを見返し、つくづく惜しい人を亡くしたものだと思う限りです。
 
 さて、酒と女は誉めるべし。似たような言葉をちょっと思い出しついで。
 
 酒と女と歌を愛さぬものは、生涯愚者である
 
 ルターの名言です。カトリックへのアンチテーゼなんですが、この3つを人生そのものだと説く人も多いですね。幸福の原点というか、今際の際に自分の人生が幸せだったかどうかという究極の問いに対する、一つの答えを、私はそこに感じたりもします。これを論じると別の話になるので、今回は割愛。
 
 杉浦先生は歴史考証を踏まえ、お芝居の間違いを楽しく論じる姿が目に焼きついていますが、凡そ批評でなかった事が、今思い返しても惜しい方でした。そもそも、フィクションのお芝居に間違いもへったくりもない。江戸の風俗を面白おかしく、且つ正しく分かりやすくするために、ああいうコーナーを設けていたんだなと。正しく演じるためなら、最初から杉浦先生が演技指導をすればいい。でも、そんな事をしたって面白くも、何ともないんですね。間違っている演技は、今の私たちの常識でもあったりする。改めて、当時と今との差を「間違い」という形で指摘し(そもそも間違いという表現が極言なんですが)、江戸時代の風俗や、面白おかしい当時の暮らし振りを、今に伝えようとしていたんですね。
 
 これを批評にしてしまうと、確かにつまらないですね。時代劇のあら探しをしたって、それは確かにあらだらけだったとしても、面白くはないでしょう。暴れん坊将軍のお城が姫路城だなんて誰が見たってわかりますけど、それを論じるより、暴れん坊将軍の威光を見せ付ける天主が整然とそびえている、その景色を楽しむ方が、より作品を楽しめるというものです。水戸黄門もそうでしょう。国学者が諸国漫遊なんて如何なものかと、言ってしまったらお終い。お芝居と、ドキュメンタリーを混同するのはまあ、杉浦先生の仰る言に通じるかと思われますが、どうでしょうね。
 
 古典に執着するのも一興ですが、現代の人間にとって分かりにくかったら、その面白さも半減します。真髄はやっぱり、酒と女に尽きるでしょう。すなわち、人生そのもの。たとえ世俗や常識が違っても、そこに生きる人々の、心までは変わらない。どんな人にも、ささやかな幸福があって、それは日常の酒であり、女であり、歌でしょう。その本質を踏み間違えさえしなければ、表現を分かりやすくするために、色々な解釈を持ってきても構わない。
 
 ただその真髄という境地に至るには、やっぱり時代考証や、いわゆる間違いを、しっかり知っておく必要はあるでしょう。それを知っているから、分かりやすい解釈に発展させる事も出来るし、再び古典に戻ってその面白さの原点を垣間見る事も出来る。批評なんぞ酒や女を比べて云々する事だと、そう仰る杉浦先生にとって、解釈の相違を超えて純粋に楽しめばいい、そう私は受け取っていたりします。違って当然、だから、甲乙なんて付けるのは愚かだと。
 
 ルターの名言に戻りましょう。当時の聖職者は、女を絶つのが常識でした。つまり、女を絶つ事の出来ない聖職者こそ、愚人なんですね。まさに価値観の相違です。この愚人という比喩は、恐らく本当の愚人を称しているものとは、ちょっと違うように思います。何と言うか、売り言葉に買い言葉、のような感じなんですね。と、いう時代考証を交えて考えると、当時のカトリックも見えてくるし、それを駆逐しようとするプロテスタンティズムの位置づけも、見えてきます。常識そのものを、ひっくり返すかという言葉でもあるんです。と、この言葉を借りた時に、杉浦先生のその言葉に、ちょっと違った考えが過ぎったのでした。
 
 まあ酒と女は、批評するもの也。これが世の常かも知れないと、改めて思った次第です。私もまた、そういう人間でしょうか。しかし、愉しむ事もまた人生。「間違い」を論じながら、美人談義に酔い痴れる上戸の軽口を愉しむのもまた、一興でしょうか。批評されるのは御免被る。されど愉しまれるなら、一席御供致しましょう。一度しかない人生、面白おかしく、愉しまれては如何かと。
 
 杉浦先生のご冥福を祈りつつ。
 
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コメント / トラックバック5件 to "とかく、酒と女は誉めるべし。批評すべからず愉しむべし。ですよ"

歌も酒も良いもんですよね、たまりません。特に女性が好き過ぎて余裕が無い感じになってしまい滑稽な私でございますがσ^^; 自論からいうと、悪戯に生きる意欲である食欲や欲、意欲を抑えたり、苦痛に耐える事が一見何かに耐えている実感がありますが、自由に生きている人の方が実はリスクを抱えていると思います。何かに耐える訓練は必要だと思いますが、生きていれば自然と訪れる様な気がします。

映像なら比較的簡単に見れると思います。何か面白そうなので買ってみました。正岡子規は髪型が被ってましたw

コメントが長すぎて細切れにしてもまだ、長いそうなので、メールで送りしますね。

シンプルメッセージだったか、プライベートメッセージという方式で送りました。

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  • UPした写真、全部私の使い込んだガラケーからだけど…。スマホになったら写真めっちゃ綺麗だって聞いてるから羨ましいな(;'∀') このご時世にまだもうちょっとガラケー継続の予定です(;^_^A 1 day ago
  • これで東京以外での遠方のお出掛けはしばらくないかなー…。しんどくなったときは動物写真見返して乗り切るのだ…!(;^ω^) 1 day ago

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