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八王子城跡と多摩御陵ですよ

Posted on: 2011年1月22日

 八王子城には度々訪れているものの、実際には本丸を通過するだけで、しっかりと散策したことはありませんでした。本日は、その八王子城を散策することにしました。

 北高尾山稜の登山ルートになっているコース上に、本丸及び天主跡があります。山城の遺構を散策するにはこちらでいいのですが、実は居城としての機能はこちらにはありません。中腹から大手の門跡を抜けて古道を行くのが、本来の居城跡となっています。

 近世城郭の成立する前の、いわゆる本格的な戦国時代の山城です。つまり、戦のための城。なので、天主もなければ櫓も門も、まだこの時代には完成していません。とはいえ、この八王子城は、織田信長の安土城に倣ったとされ、城下町の整備や壮大な石垣が整備されている、戦国の城としては進歩的な城郭となっています。ただ、完成する前に落城してしまい、その壮大な遺構は全く残っておらず、石垣などが発掘によって出土したことにより、当時の遺構がある程度復元できた程度です。

 実際、この城は近くの滝山城が落城寸前にまで追い込まれたことにより、急遽築城、移転したものです。私の主観では、急場凌ぎにも程があるかと。確かに、山城として堅固な造りであることはわかります。しかし、最早城の造りで戦を凌げる時代ではないかと。膨大な兵力と、無尽蔵の物資で城を囲まれますから、篭城することが既に、戦略としては愚と化しつつありました。その読みの甘さも、後北条の運命たるものかも知れませんが…。

 いずれにしても、小田原と八王子で兵を分けてしまったこと、篭城や堅牢な城郭のみで戦を凌げるという読みの甘さは、相手が秀吉でなかったにしても…、と考えてしまいます。まあ、織田信長あたりと真っ向から戦う機会がなかったということが、時代錯誤の要因だったとは思います。既に、時代は戦国でなく、平安へと向かっていたのですから。

 と、色々なことを考えながら散策してみた歴女です(笑)。

 管理棟から林道を行きます。古道は現在工事中。発掘調査もほぼ終わり、現在は散策ができるように、整備の工事が行われているようです。工事が終われば、当時のままの大手門跡から、御殿へとつながる道となります。今通れる林道は、江戸時代に作られたもののようです。しばらく歩いていくと、右手に壮大な石垣!

 さすが、安土城に倣ったというかなり立派な石垣です。近年は土に埋もれていたようです。復元の際は、極力当時の石を用いて修復されたとのこと。想像の域を出ない安易な復元をせず、忠実に当時の形を再現しようとしている点は、感服至極です。

 林道の真上には、曳橋がかかっています。推定復元ですが、ここまで綺麗でなかったとしても、雰囲気は良く出ています。

 橋の北側には曲輪が設けられ、虎口には櫓の礎石。大きな石段を進むと、冠木門を経て広大な御殿跡があります。サッカーコート大の広い敷地で、現在は何もありません。発掘時には、高価な陶磁器などが多数出土したようで、当時の遺構を忍ばせます。ここは落城後も、徳川幕府の直轄領、明治以後は国有林だった為、手付かずで残っていました。

 広々とした御殿跡の片隅に、木彫りの観音像?が。当時のものでしょうか。石の上に立てられているだけの仏像ですが、その由来などは私には分かりかねます。軽く手を合わせて、その場を立ち去りました。

 とりあえず、見るところとしては今のところ、こんなもんです。完全に焼け落ちてしまった城、ということでしょうか。その後数百年間も放置されてきたところです。まさに夢の跡。しかし、こうして土に埋もれながらも、その遺構を偲ばせるというのは、なかなか感慨深いですね。

 近くの寺には、後北条にまつわるものもあり、北条氏照の墓もあります。御殿跡の近くには御主殿の滝という小さな滝があり、そこは落城の折に北条氏の婦女子が自刃し、身を投じたといわれています。

 そんなこんなで、怪談話も尽きない名所でもあるのですが、私はそういうのは全く平気なので…、というか好きなので。寺社仏閣が好きとくれば、およそ人様の御霊を無視して御参りなんてできませんし。まあ身内は既に、そういうのが多いですから、全然問題ないです。南無。

 さて、居城としての遺構は堪能できました。戦の為の城としては、登山コースがそれにあたります。そちらに本丸とか、数多くの曲輪があって、険しい山がそのまま城として機能していたことを窺い知ることができます。そこはもう、何度も歩いているので今回はパス。氏照さん、また来ます。

 さて、帰りにちょっと寄り道。甲州街道に出ると、これまた壮大な墓所があります。その名も畏れ多き、多摩御陵。これも何かのご縁、御参りしていくことにしました。

 多摩御陵とは、正式には大正天皇の陵墓。その隣に、貞明皇后の多摩東御陵、そして昭和天皇の武蔵野御陵、香淳皇后の武蔵野東御陵が並んでいます。かつては、現在のJR中央線に「東浅川駅」という駅がありました。これはお召し列車専用という格付けの駅だったと聞きます。戦前は、京王が御陵線を運行していて、現在の山田駅から御陵駅までの間に、線路が敷かれていました。ここは現在、切通しの並木道になっています。また、橋脚跡も住宅地に今も残されています。

 さて、参拝してきました。神聖な場所ですので、写真撮影はしておりません。
 明治神宮同様、常緑の森になるような整備がされていて、とても静かで落ち着きます。砂利道や長い参道は、伊勢神宮を思い出します。大きな鳥居の手前から参拝。思うところはいろいろですが、今の日本を考えると、何かしら不安を抱かずにはいられません。これ以上は、言葉にするのを控えさせて頂きますが。

 厳かに、しかし少し快く。そんな冬の晴れの日で御座いました。

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