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虫唾の走る日本語ですよ

Posted on: 2012年3月28日

「すごい綺麗」
「地デジが見れる」
「カードのほうはビューロのほうへ」
「そちらに行けれる」

この4つの言葉は、気持ちが悪くてたまりません。敢えて正しい言葉遣いを書き記すことはしませんが。学業では国語表現が得意で、曲がりなりにも文章で生計を立てようかと考えていた頃もあり、正しい日本語には一過言ございます。小五月蝿い話で恐縮ですが(笑)

時代の移り変わりで言葉が変化するのは、ごく自然で当たり前のことです。例えば、「とても」という言葉。現在では「非常に」「たいへん」と同様、肯定的な意味でも用いられる副詞ですが、元来は否定的な言葉でした。「どうしても」のような。語源は「とてもかくても」【迚も斯くても】。用例としてはこんな感じです。

「とてもかくても納得できかねる」
「とてもかくても許しがたい」

こういう使い方をされていた言葉でした。それを略して「とても」。転じて口語では「とっても」という用例も最近はありますね。ところが、明治40年頃からこの「とても」を、肯定的に使う学生が出始めました。それに違和感があると唱えた当時の文豪。検索すれば、この話はたくさん出てきますね。

その後、昭和の高度成長の頃にも、似たよう話があります。こちらは「全然」。これもまた、否定的な言葉でした。面白いブログ記事を見つけたので、引用しておきます。

言葉のしおり 全然

 このごろの若い人たちは「あの映画は全然いいんだ」とか「あそこの食事は全然うまいよ」とかいう。この場合の「全然」は「非常に」「大変」という意味である。

 しかし、「全然」は、本来は「全然出来ない」「全然感心しない」のように、否定の言い方を伴う副詞で、意味は「まるっきり」である。それを「全然いい」「全然うまい」と肯定表現に使うものだから、年寄りたちからは、とんでもない使い方だと非難される。

 ただし、このような使い方は、前例がないわけではない。今、東京では「とてもきれいだ」「とてもうまい」のように、「非常に」「大変」の意味で「とても」を使う。しかし、本来は「とても出来ない」「とても動けない」のように、「とても」は「どうしても」の意味であり、否定表現を伴う言い方なのだ。それが、明治四十年代ごろから、学生たちの間に愛用されて、今では、東京の口頭語としては普通の使い方となってしまっている。

※昭和39年10月6日付朝日新聞「言葉のしおり」

とまあ、「とても」が定着したように、「全然」も既に「全然構わない」「全然大丈夫」辺りから肯定的になり、「全然快適」「全然最高」となるともう本来の意味ではなくなりますね。まさに言葉の変遷です。

ただこれは、文法的な誤りでなく、用法や意味合いの違いです。先の「ら抜き」とは些か異なるようにも思えますが。「ら抜き」の場合は、恐らく方言の標準語化ではないかという気もしています。方言には独特の文法が存在します。こうした事例は、かつて首都圏があらゆるメディアの発信地であったこと、集権的な存在が言葉に対しても厳密に、上から管理される組織や制度が整っていたことが、こうした変遷を許さなかったのではないかと考えています。

現在はお笑いブームもあり、関西のしゃべくり漫才がメディアを席巻しています。大阪弁が、標準語の枠を飛び出して使われ始めているとも言えます。特に昨今、漫才コンビによるテレビの司会も当たり前になり、そうした司会者が普通に「ら抜き」を使っているのが現実です。関東以北の年配の方々には、その気持ちの悪い日本語に呆れながら聞いている人も多数いらっしゃるでしょう。

関西の方言では、「てにをは」を省略する傾向が、昔からあります。助詞の省略が方言の特色でもあります。

「あれ買うてくれ」
「はよ学校行かんと先生怒られるわ」

これを正しくない日本語といえば、それも間違いではないし、これは日本語ではないというのも言い過ぎ。私の感覚で言うなら、これは気持ち悪くないどころか、気持ちいいです。気持ちの良し悪しでいうと、関東の人が無理に関西弁を使うと、気持ちが悪いですね。同様に、関西の人が関東の言葉を無理に使っているのを聞くと、やっぱり虫唾が走ります。

流行り言葉を無理に使う年配の人も、同様でしょう。「ら抜き」が関西的な表現ということなら合点の行く話ですが、それを真面目な司会者がしたり顔で使うのには、怒りを通り越して即座にチャンネルを変えることもしばしば。

私の両親は、東京で出会い結婚しました。父は茨城、母は山梨。お互いに方言を使っていたでしょう。結局私は、お国言葉を持つことなく育ち、今に至ります。それが幸いだったのか不幸だったのかはわかりませんが、お国言葉を恥ずかしげもなく使う方々に、強烈な親しみを感じるのは、そんな私の育ちが影響しているのかも知れません。父や母の親戚が集う時は、方言が飛び交います。幼い頃には意味もよくわからず、しかし団欒の温もりに包まれた幸福感は、今でも忘れられない思い出です。

言葉はうつり行くもの。しかし誤った言葉を用いることは、恥と心得ます。言葉はその人の学を計り知る尺度にもなり、これほど恥ずかしいことはありません。ら抜きを平然と使用すれば、聞く人によっては「馬鹿」と感じます。世間一般に使われているから平気だと、そう判断することの恐ろしさ。万人受けなど有り得ないとしても、たった一つの言葉で悟られてしまう無知。少なくとも私は、怖いです。

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