KunadonicLiveSpaceSystem

そこにあるから。ですよ

Posted on: 2014年4月24日

「そこに山があるから」というあまりにも有名な言葉ですが、実は間違っているとも言われます。原文は、”Because it’s there.”です。つまり、なぜならそれがそこにあるから。文から山と訳すのが間違ってはいないというのが、日本語訳的な解釈ですけど、実際の文章としては”Why did you want to climb Mount Everest?”という質問に対する答えですから、そのitはエベレストということになります。すなわち、正しくは「なぜならエベレストがそこにあるから」です。

さて、この「なぜあなたはエベレストに登りたいのですか?」という質問。答えがどうこう以前にこの質問が愚問なのは明白なんですけど、それを言ってしまうと面白くないので。

マロリー的には、あーきたきたくだらない質問、とか思ったのかも知れませんね。で、「んなもんそこにあるからだろ」と、適当に答えた。そういう程度の言葉にしか私は思えません。格好よく言えば言うほど、こういう言葉は意味不明になりがちです。その後、誤訳や脚色が加わり、さらに意図から遠ざかるものです。まあ、言葉なんて何でもいいんですけど。

さて、山に登る目的なんて、わざわざ理由をつけるまでもないです。登りたいから。シンプルですよ。子供の言い訳で、聞き続けていたら宇宙レベルの壮大な解釈が必要になる大きな目的が出現することもありますけど、それこそ幼稚。また戦争に至った理由が「相手が」という決まり文句の如く「そこにあるから」などというのも、よくよく考えれば随分身勝手な答えのようにも思えます。

改めて、自分自身に問い掛けます。
“Why did you want to climb a mountain?”

「楽しいから。」

至ってシンプルですが、他に相応しい答えがあるかと聞かれれば、ないですね。そもそも趣味もそうですが、仕事も人生も、生きることそのものも、この答えと同じです。詰まらないなら、やらない。人生が詰まらないならとっくに死んでます。仕事も続きません。登山に限らず沢山の趣味がありますが、一緒です。問題はむしろ、ここから先の話かも知れません。

「本当に楽しい?つらくない?面倒じゃん。」

そんなの価値観の違いです。
「つらいから楽しい。面倒だから面白いんだ。つらくなかったら、面倒でなかったら、全然楽しくない。」
生きるためには、ご飯を食べなければなりません。誰もがお腹を空かせるし、おいしい料理は楽しみですが、それを面倒だと思うなら、残念ながらその人に生きる価値はないでしょう。つらいだ面倒だ言うなら、その人は楽しむ価値がないのでしょうね。

登山を始めた頃は、暑さや疲労、大量の汗、足の痛み、空腹、あらゆる不安、全てが苦痛でした。それを少しでも解消しようと、色々試しました。そうこうしているうちに、体力が付いてきます。登山のコツがわかってきます。装備も着実に増えていき、気が付けば何ら苦痛でなくなってしまいました。でも、本当は暑いし、疲れるし、汗もかきます。場合によっては足も痛くなります。そう、それらさえ楽しくなってしまうんですね。

当たり前のことを、当たり前と認識できるようになる。何度もそれを体験していると、その当たり前のことを享受できる、心の強さのようなものも身に付くのかも知れません。さらには、それらが楽しみにさえなってくる。体が少しずつ疲れてくると「来たな」と思います。心の余裕さえない頃は、我武者羅になってみたり、気が折れてしまったり、まあそんな感じですが、慣れれば「ペースを落とそう」「行動食を取ろう」「気分転換をしよう」などと、自然な回避行動に移ります。さらにはそんな回避行動でさえ、無意識的に行っているほどの状態になります。こうなると、体が自発的に体調を整え、自然の生業に任せて自動的に山に登っているような、不思議な感覚さえ生まれてきます。汗だくだし息も上がっている、でも、心はそれを高いところから眺めて楽しんでいます。そんな、感覚ですね。

心の境地か、一種の悟りか、細かいことはよくわかりません。ただ、自分の心が体の感覚と離れたところにあるような、そんな感覚は間違いありません。またそれは、危険察知という点でもそうですね。「あ、この状況は危ない」という、自分の体の感覚と離れたところから、ピンとくることが最近多くなりました。崩れそうな斜面を見て「怖いな」と感じても「あ、これは大丈夫」と高いところの心がささやいたり、逆に何ともない山道で「あ、これは危ない」のようなささやきが聞こえたりもします。それに従って大丈夫なのか?という不安はありません。そのささやきが、これまでの経験に基づくものだという確信があるからです。

ただ、経験に基づく確信であるなら、未経験の事態には対処できない、ということになります。これについても、この頃は何となく「感じる」ようになりました。これもまた、ささやきです。「この状況は未経験。注意して。」と。これがあれば、不測の事態も何となく、わかることになります。尤も、登山の安全性に「絶対」などというものはありません。常に危険に対する心構えは必要でしょう。しかし、一番頼りになる装備は間違いなく「経験」です。

そんな「経験」が、さらなる楽しみを増やしてくれます。
また改めて、自分自身に問い掛けます。
“Why did you want to climb a mountain?”

「数多くの経験が、新たな楽しみを与えてくれるから。」

これが、私なりの答え、なのかも知れません。

広告

1 Response to "そこにあるから。ですよ"

共感いたします。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

KunadonicLiveSpaceSystem

 岐神葵のぼうけんのしょ。

 岐神葵のブログらしいです。
「事実は小説より希なり」
 架空の人物の閉じた世界のありえない話なんかより、何百倍も面白いリアル体験。そんな人生を目標に、意味不明な挑戦と挫折を繰り返しています。

KunadonokamiAoi-岐神葵

2014年4月
« 3月   5月 »
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930  

アーカイブ

涼規じゅん

  • RT @komachi_0526: 夏コミの新刊は「人生劇場」シリーズ28p です。 オーロラ旅行記も前後編とも再版しました✨ スペースは8/13 ウ-51b 小町なぎねぎ です。 よろしくお願い致します🙇‍♀️ 2 weeks ago
  • UPした写真、全部私の使い込んだガラケーからだけど…。スマホになったら写真めっちゃ綺麗だって聞いてるから羨ましいな(;'∀') このご時世にまだもうちょっとガラケー継続の予定です(;^_^A 3 weeks ago

RSS カギの救急車Facebookページ

  • エラーが発生しました。フィードがダウンしているようです。あとでもう一度やり直してみてください。
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。