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そろそろ父と同い年になりますよ

Posted on: 2014年5月22日

来月の誕生日で、とうとう父と同い年になります。感慨深いかというとそうでもなく、ただの通過点程度の意味しかないですが。振り返れば、やっぱり父を越えることは難しく、それでも父を越えることは一つの目標でしたし、そうして続けてきたことには、そんな意識が少なからずありました。

父が叶わなかったこと。それが何かはわかりませんが、沢山あったはず。この歳になり、たかがこの程度の人生で終焉を迎えることの無念は、はかり知れません。子供がいれば少しは汲み取れたかも知れませんが、私のことを切に案じていたのは言うまでもなく。

間違いなく越えたと断言できるのは、PCスキル。子供の頃から父と楽しみ、その遺産の上に今の糧があります。車も音楽も、写真も、登山も、スケートも、無線も、全てそこに、父の影があります。父の亡き後、その影を追い求めて続けてきたんですね。父の意思が介在していたのかと考えると、私はそう信じたいですし、それで父が喜ぶのであれば本望です。

もちろん、望み通りとはいかないでしょう。申し訳ない思いもあります。それは、父を越えたことで許してもらうしかない。どうにかここまで来て、些細なことですが、父を越えることができたと言えました。目標でしたし、自分にできることは、それしかありませんでした。

それでも尚、当たり前ですが、父を越えることは難しい。父が得意としていたことで、かなうはずもありません。同い年になることで、人生の先輩としての尊敬から、同じ土俵での尊敬に変わりましたが、だからこそ難しい。それは、短いながらも積み重ねられた人生に他なりません。同じキャリアをもって太刀打ちできるかどうか、という代物です。

そしてとうとう、私が歳上となってしまいます。若くして逝った父を越えるのは、当然のことのはず。同じ道は歩めませんから、同じことではもちろんかなわないとしても、自分の歩んだ人生で、父に負けるわけにはいきません。

いつの頃からか、そんな覚悟はありました。永遠に変わらないものなどない。しかし永遠に変わらない真実はある。永遠に変わらないものなど求めず、ただひたすら真実を求めて、生きてきました。そして、目標をもって続けることに繋がり、大きな尺度ではかることを教え、人の心が死んでも尚生き続けると、悟ることができました。

不変の真実という揺るぎない価値観。山に登ってこそ得ることができた、私にとっての究極の価値観です。それを少しでも感じないなら、私にとって何ら意味がありません。一時の栄華、儚い楽しみ、些細な快楽には、興味がありません。短い生涯で、長い時間をかけて培う、真実。それが、父と歳を同じくして残った、父の大いなる遺産です。

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涼規じゅん

  • UPした写真、全部私の使い込んだガラケーからだけど…。スマホになったら写真めっちゃ綺麗だって聞いてるから羨ましいな(;'∀') このご時世にまだもうちょっとガラケー継続の予定です(;^_^A 1 day ago
  • これで東京以外での遠方のお出掛けはしばらくないかなー…。しんどくなったときは動物写真見返して乗り切るのだ…!(;^ω^) 1 day ago

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