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続 人の想像を越えた絶対的な存在ですよ

Posted on: 2014年9月29日

それが、山というもの。自然というものです。どんな叡知をもってしても、いかに人間の技術が進歩しても、自然の力だけはどうにもなりません。台風の予測はできても、台風を消すことはできないし、たかが小雨さえ止ませることはできません。

と、前回書きました。だから予測の範疇に於いて最大限の準備をするべきで、場合によっては中止も辞さず、しかしそれでも予測を越える最悪の事態は避けられない、と。

自然と向き合うとはそういうことで、一万年に一回といってもそれは明日かもしれないし、百万年に一回が限りなくゼロに近いといってもゼロではない。そもそも予知なんてできるものでなく、そんなことができたなら、原発事故も土砂災害もなかったはず。

この期に及んで登山なんかするなと、シュプレヒコールを掲げる人なんていないでしょう。それは他人に迷惑をかけず、基本的に自己責任だから。アンチは迷惑と社会的責任から発生するものだとも言えますね。登山ブームにあってのこの悲劇。一般的な視点からすると災害のようですが、火山が噴火するのは当然のことで、その認識の上で登山をするのは当たり前のはなし。これは、雪崩に巻き込まれるのと本質的には同じです。

つい先だって富士山に登りましたが、実は最悪の覚悟として、噴火に巻き込まれるという想定はありました。科学雑誌ニュートンに、津波を伴う大地震から数年内には富士山の噴火が極めて高い確率で発生していると、あったからです。とはいえ実際に巻き込まれたなら、何とか身を守る、急いで下山する、くらいの対処しかできないのも明白です。どうにもなりません。

その可能性は絶対にゼロに出来ないのだから、その際は甘んじて享受するより他ないのです。何事も、人の叡知をもって限りなくゼロに近づけ、あたかも解決済みのような認識のもと、極めてまれな事故として認識される事ですら、実際には想定の範疇にあります。事故と無縁の自動車などありません。安全だと思い込んでいるだけで、本当に安全なら保険など要らないはず。

今後、火山の噴火に関しての見識はさらに深まるでしょうが、噴火そのものは避けられませんし、予測に基づいて登山を中止することも難しいでしょう。それが火山の噴火というものです。また登山は、一定のリスクを前提に挑戦するものですから、噴火も当然想定されます。登山者も、登山者の家族も、一定のリスクを認識する必要はありますね。

登山は命懸けです。ゲームやアニメとはこの点で大きく異なります。命を軽んじる昨今の風潮とは裏腹に、生きるということの本質が、そこにある気がしています。バーチャルに辟易した理由は、いわば「死ぬことのない必死」という矛盾からの脱却だったのかもしれません。

御嶽山の噴火から運よく逃れた方の話のなかに、不謹慎とも取れる表現が散見されました。まるでゲームの感想を聞いているようで、その違和感はどうにも拭えません。

噴火の犠牲者に慎んで哀悼の意を表します。

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コメント / トラックバック2件 to "続 人の想像を越えた絶対的な存在ですよ"

 お久しぶりです。
 話題に上るような噴火が起きましたね。噴火に遭遇してしまった多くの登山者の方々は想定外でしたでしょうけど有り得る話なんですよね。
 噴煙が上がった瞬間に”恐怖”では無く”綺麗”が先に頭をよぎったと、生還された登山者の方がコメントして居られましたが・・・生還したから言えるコメントなのでしょうか。想定外の事態で脳が事実を理解したくなかったから恐怖ではなく綺麗が先に立ってしまったのでしょうかね?

 話は逸れるかも知れませんが、御嶽山山頂付近で心肺停止で発見された方々が居られますが”心肺停止”と”死亡”の境はどうなんでしょう?最近よく耳にする”心肺停止”意味はそのままだと思いますが・・・死亡と断定しきらない要素が、まだ有ると言う事なんでしょうか。

いつもながら、レベルの低そうなコメントで失礼しました(^^;

不謹慎な物言いなんですが、想像を絶する噴煙を間近で見たら、間違いなく絶景でしょうね。相手は圧倒的な存在ですから、自然の美に精通していれば尚更、それを凄いと思うのは無理からぬ事ですし、噴煙に巻き込まれた経験を持ち合わせていないでしょうし、それに恐怖は感じないでしょう。見た目は黒い雲と変わりませんから。

でも噴煙のなかで生き長らえた人が言う通り、巻き込まれれば地獄です。それを逃れた人が綺麗と言うのは、分からなくもない気はします。

似たような話では、太平洋戦争の最中。空襲の光景で焼夷弾の雨が綺麗だったとか、B29が美しかったとか、ありますね。

美とは、不条理や地獄絵図にも普遍的に存在しますから、その感情までも否定するものではないとは思います。

ご遺族の感情を思えば、軽々しく言える話ではありませんけどね。表現者としては、圧倒的な自然の驚異を敢えて美しく表現することは、誤解を恐れず申し上げれはやぶさかではありませんね。

私が目にした不謹慎な表現とは、それをゲームのように表現していたことです。遊び感覚ですね。それは対峙する状況を的確に伝えているとは思えませんが、まあ本人の人生観がその程度なんだと思えば、そのうちゲームオーバーだろうという気もして寛容にはなれました。

心配停止とは、文字通りなんですが、死亡判定は医師でないとできませんから、死んだとは言えないんですね。死去の証明は死亡診断書によりますし、何せ救助する人たちは生きていることを前提に、救出活動をしています。死体探しをしているわけではないんですよね。生きている可能性がゼロでない限りは、人命救助ですから。

心配停止でも、蘇生で助かる場合もあります。1時間が限度だとは思いますが。

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  • HFももう明日公開なんだなぁ…。いつ行けるかまだわかんないんだけど、グランドシネマズでやってもらえるの有り難い~。 私、凛スキーだけど…今は本当桜応援してるよ…士郎と幸せになってくれよ…。 4 days ago

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